2015-08-29

携帯電話遍歴その1 ドコモ デジタル・ムーバN103 HYPER

2015-08-29
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かつて、NTTドコモがまだ元気だった頃、ドコモの成功は携帯電話にPとかNとかDとかのキャラクター付けをしたことにある、的なことを言われた時代がありました。
それに付随して、携帯電話そのものがパーソナリティを表現する道具でもありました。
今時はスマホもコモディティ化して、そこまでの自己表現ツールにはなっていないのかもですが、この記事は自分がこれまで使ってきた携帯電話の選択理由や経緯を振り返ってみようという、ちょっとした自分探し的な試みであります。

今の若い人は非常に高額なスマホを頻繁に変えたりしてますが、可処分所得の少ない良識的な大人としては、ひとつひとつの携帯を割りと長く使っているほうだと思います。数えたら19年で8台でした。ということで、その8まで続くシリーズです。

iモード出現前の二つ折り携帯

初めて手にした携帯は、ドコモ デジタル・ムーバN103 HYPER。骨董品に見えますが、当時としては画期的なiモード出現前の二つ折り携帯です。大画面が必要となるiモードの発表時にドコモが「iモードのために二つ折りを作り続けてくれた」的にNECを褒め称えたという、Nと二つ折り躍進のルーツでもあります。
折りたたんだときにコンパクトではありますが、その分ぶ厚く、且つヒンジ部分の配線の関係だと思いますが相当壊れやすく、不具合で本体を2回交換してもらいました。

無駄を配したデザインが秀逸で今でも萌えます。
1996年、発売して割りとすぐのタイミングで、何故か新聞の通販で購入。本体価格なのか手数料込みの価格なのか細かいことは覚えてませんが、兎に角24,800円で買ったという記憶があります。
選択肢として4機種くらいしか掲載されていない中で、最新の機種であったことと、二つ折りがまだ珍しく誰も所持していなかったことで採用に至ったような気がします。

当時、携帯はいわゆる流行品で周りは既に10人中9人が持っていましたが、流行に流されるのが嫌で、勧められるも頑なにこれを固辞しておりました。
そんなある日、会社の先輩から結婚プレゼントにいただいた丸善の傘を神田の交差点の公衆電話ボックスに置き忘れてしまい、気づいて急いで取りに戻るも既に無く猛烈に後悔。周りからは携帯を使わないからだとバカにされ、失意の中携帯購入に至ったというのがきっかけでした。





失くしたのは前原光榮商店の傘

この丸善の傘ですが、持ち手の部分は節のある竹、縫製も見事で傘を閉じてストラップを閉めるとまるでステッキのように細く真っ直ぐになるシルエットが大変気に入っておりました。貰い物なのでわかりませんが、製造元は前原光榮商店らしく相当お高い品物であったかと思います。手元に残ったカバーが虚しく、20年を経た今でも返す返すも悔しく情けなく。以来、1000円以上の傘は使ったことがありません。。。


この機種、仕事ではまだ固定電話がメインの時代で、電話帳がわりくらいにしか使っていなかったこともあり、結果的に5年も愛用し、晩年はわずか電話2回で電池が切れてしまうまで使い続けた思い入れの強いプロダクトでありました。

携帯電話遍歴その2に続きます。



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